空気を読む?

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「空気を読む」・・・・

の、続きを読む・・・・

どうも。家の隣にある飲み屋のババアのダミ声にイラつく男、ローカット・サガワです。

もうね、深夜1時2時にお客を見送るのに外に出て喋っているんだけど、耳につくわ、うるさいわ、バカ笑いしているわでラブリーだわ(笑)

それはそうと、必要以上に自分の声のロー成分の多さにムカつくので、絶えずローを切ってやったわ。

何のこっちゃ分からない方はナイフラ・チャンネルをご覧ください。

それにしても・・・・いつからこんなに「空気を読む」ようになったのだろう。

昔からあった言葉だけど、こんなにフィーチャーされるのも珍しいぐらい最近よく使われている気がする。

それほど、読めないヤツが多くなったって事?

没・個性とか何とか言われるけど、いつだって抑え付けているのは大人の教え方よ。

必要以上に前に出たがらない、いや、積極性がまるでない完全受け身な所まで「空気を読む」という言葉のせいにしていないか?もしくは混同していないか?

空気を読むという雰囲気が出来過ぎて率先してやるという気概が見受けられないというのも困りもの。

競争とか順位とかを避けるようになってきたことも少なからず影響しているのかね。

運動会でみんな一緒にゴール?

それどころか、徒競走が無い?騎馬戦が無い?順位はつけたらダメ?

では社会に出てからも、ずっとずっと順位や成績とは無縁な所でしか生きていけないな!
そんな所あるのかね?生きていく上で、必ずと言ってもいいほど個人が納得するしないに関係なく何でも「数字」というのはついて回るものだと思うよ。

あ、徒競走が無い&騎馬戦が無いのは関係ないか。

・・・・会社に勤めてもお店に勤めても売上、利益、成績だろうし、スポーツ選手は得点、採点での勝負事、芸能人やミュージシャンだって売れる、売れないとか全部数字だ。

闘争心、向上心が全く無いというのも困りものである。

「あいつに勝ちたい」とか「いい成績を残したい」「自分のために、誰かのために」とか。その為に努力をする。

みんな同じ。全く同じ。の、何が面白いのだろう?

でも、みんなが守らないければならない場所で個性出しちゃうのは逆に面白くないね(笑)

無理矢理にでも同じに揃えたら、そりゃ個性なんて無くなる。そこにその人の意志はないからね。

自由を訴えると傍若無人に我儘を貫く事と勘違いするヤツもいるが、本来自由というのはルールの上に成り立っているものである。

ルールを理解していない人に自由は与えられない。だって、その線引きが出来ないのだから。

こと音楽に関しては、クラシック以外の音楽は比較的「自由」である。(と、思う)

その自由を履き違えると音楽が、サウンドが破綻してしまうのだが、上記のような線引きが分からないでいると案外気づかずに音楽しちゃっている事もある。。。。

この辺りは自分達で気をつけるしかないんだよね。

ピストルズは色々な意味で個性出し過ぎちゃっているね(笑)ジョニー・ロットン好きだったなー。

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